アメリカでは大きな商売をやったり、
人の何倍、何十倍も収入があると、
それだけ社会に功献しているんだという考え方があります。
私がはじめてロスやニューヨークに行って
日本人会で講演をした時、
主催をした新聞社の社長さんが私を紹介するのに
直木賞の作家だとか、「金儲けの神様」と呼ばれている
経済評論家だとかいったことのほかに
私が何十社の会社のオーナーをやっていて、
一年に何百万ドルの収入があるということまで
持ち出すのにはいささか閉口しました。

日本ではいくら何でもそんな紹介の仕方はしませんよねえ。
同じ日本人でもアメリカに長く住んでいると、
バナナみたいに皮は黄色でも一皮むくと、
中身は白くなってしまうのでしょうか。
でもよく考えてみると、経済が発展して、
そのおかげで皆が豊かな生活ができるようになった国では
立派に通用する一理も二理もあるリクツではありますね。

それに比べると、停滞の歴史が長く続いた
アジアの国々では、
権力をカサに着て庶民からお金を捲き上げた殿様とか、
飢饉や物の不足した時に買い占めをした商人とか、
人を瞞したり、脅かしたりしたヤーさんの親分が
金持ちになっているので、
金持ちのことをよく思わない人がたくさんいます。
その伝統があるせいで、
経済の発展に功献することによって金持ちになった人まで
肩身の狭い思いをさせられてきました。

それが漸く様変わりするところまできたようですね。
新しい事業を開発して成功した人が
若い人の間で英雄視される時代になったのですから。

■もしもしQさんQさんよ■中国株・起業・おしゃれ-邱 永漢 (via jinon)

団塊世代の後始末の悪さについては、冨山和彦・経営共創基盤代表取締役が次のようなことを言っているが、まったくその通りだと思う。

「もう1つ大事なのは、下りる世代がいる一方で、これから山を登っていく若い世代がいるわけだから、最低限、彼らが山に登るのを邪魔しないこと。若い世代がこれから山を登ろうという矢先に、『経済成長はよくない』『拡大路線はもう限界だ』『目先の利益ばかり追いかけてきたから、原発事故が起きたんだ』と、山に登ることそのものを否定しようとする。これは本当に勘弁してほしい。

 若い世代からすれば、『原発事故が起きたのは、自分たちの責任でも何でもない。上の世代が勝手につくって、危機管理が甘かったせいでこうなってしまった。自分たちがツケだけ払わされるのは勘弁してほしい』。彼らの気持ちを代弁すると、こんな感じになるだろうか」

 これから先も何十年も生きていかなければならない身とすれば、既存原発を稼働させながら安全性を高め、代替エネルギーや原発の技術革新に期待するのが現実的だ。悠々自適の年金生活で、あと十数年生きればいい世代にとっては、経済成長なんてもう興味はないのだろうが、現役世代や将来世代はそうはいかない。経済成長が止まっても年金は(政治的に)しばらく維持できるが、雇用は即座に失われる。

 団塊世代が公害や原子力を改善しながら使って経済成長してきたように、われわれも試行錯誤しながら科学技術と付き合い、生命をつないでいくしかないのだ(現在の人類の生命は、多くを科学技術に負っている)。現実的な試行錯誤、漸進主義をすぐに否定して、空想的理想主義に陶酔できるのは、生活感のない学生と年寄りの贅沢である。

 その点で、団塊世代とはまさに贅沢三昧の人生であった。学生時代は空想的リベラルとなり、学生運動にうつつを抜かしていた。ところが、いざ社会人になると、一転して現実的保守となり、「資本主義」の中で豊かになっていった。原発による電力を含む大量消費社会の実現も、団塊世代が牽引したものである。

団塊世代の利己的合理主義(宮島理) - BLOGOS(ブロゴス) (via mcsgsym)

レズビアンカップルが自分の子供を精子バンクで選ぶときは、ヒトラーも真っ青の白人至上優生主義者になる辺り、LGBTの言ってる多様性など、単なる運動の建前でしかないことが判る。

Twitter / juns76 (via asagaonosakukisetu)